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「メガネ」を探す冒険にでよう!

   

for_min_gaz_100926_me_06仕事をやっていくうえで その人の「能力がない」ことを問題にして、仕事がうまくいかないっていうのは、もう問題設定として、おかしいとおもうんだよね。

社会人として 何年かたつと 普通に「仕事をする」っていう定義は、「なんとかして、いろいろなんとかする」ってことになってくるはず。

つまり、ただ決められたことをやるだけではなくて、いろんなことがおこるんだけど、それでも期待されている成果をだすってことになるんだとおもう。

だから、「自分でできる能力があるのかないのか?」ということが問われているわけではない。

「自分だろうが、協力者だろうが、とにかく うまいことやれる力」っていうものが求められているわけで それは「本人のナチュラルな能力の問題」というよりも「そういう困ったときにどうしたらいいのか?というやり方を知っているか知らないか?」ってことになる。

 

「できないのは本人の能力不足」

「結局、本人がやる気があるかないか」

みたいな問題設定は、要するに そう言っているヤツが、

「たとえどんな人でも、できる方法を見つけることができない情弱な人」

ってのをさらけだしている…は、ちょっと言い過ぎかな?

 

でも結局 重要な問題設定とは、

・なんとかできる方法を、どっかで見つけることができるのか?

・なんとかできる人を、探し当てることができるのか?

・なんとかできる時間を、稼ぐことができるのか?

みたいなもので これは その人が自分でできることをあてにしていない。

自分でできてももちろんいいけど、誰かほかの人の力やら、ツールやら、お金やらをつかって できればそれで全く問題がない。

 

私たちがおもう 「能力観」や「障害観」とは?

つねづね そんなことをおもっていたんだけど 先日、ラジオで、凄く興味深い話が聞けたので 一部分抜粋してみるね。

お話しされているのは、

東京大学・先端科学技術研究センター教授の 中邑 賢龍  先生 で

テーマは、

「学習障害の子どもたちをテクノロジーでサポート!タブレット端末、活用の最前線」

って内容だよ。

「この間、眼科の先生とお話しをしたら、「眼科医は裸眼視力って問題にしないんですよ」って、眼科医のいう視力って、矯正視力なんですって。」

「あー」

「それで実は、知能に関していうと みんな「裸の知能」しか考えていない」

「はい」

「で、メガネがこれだけ誰もが買うようになって一般化して、矯正視力って誰もが認めるようになったのと同じように、たぶん、タブレットあるいはスマホが一般化していくと、実は、われわれが示す知能っていうのは裸の知能じゃなくて、矯正知能っていうもののになっていくのかなって思うんですよね

「なるほど。社会ではすでにそういうものが求められていますよね」

「そうですよね。そのときに実は我々の「能力観」とか「障害観」というのは大きくかわってくると思うんですよ。つまり、これは障害があって、欠損があって、明らかに問題だってとらえた場合は、これをなんとか治療しないといけないって方向にいくわけですよね」

「はい」

「だから、メカニズムの原因究明ということで、さまざまな検査をおこなうっていう方向に行くわけです。でも、いやいやこれは、社会で生きていくための機能の問題というふうに考えると、実は読み書きっていうのは、何がひっかかるかというと、正確さと速度だけなんですよ」

「うん、うん」

「だから、それさえ測れればいいっていう、その目的でつくられたのがウラウス(※URAWS)という検査なんです」

「はい、はい」

「そうすると、あっ、この速度に達していないから、ツールを使えばこの速度に戻すことができるよねみたいな、非常にあの単純な考えで機器の利用がすすんでいく、そちらのほうが 今の社会にはマッチしているのではないかな」

(中略)

「ええ、ええ。社会で実際に何か仕事をしていくうえでは、例えば計算をするときに暗算でやりました、間違えていましたっていうと、「なんで計算機つかわないんだ!」って むしろ怒られるっていう状況ですよね」

 

(※URAWSSとは、小学生の読み書き速度を評価し、読み書きが苦手な子ども達に支援技術等を活用した支援を行うために作成されたツール)

荻上チキ Session-22 「学習障害の子どもをテクノロジーで支援!タブレット端末活用の最前線」より

 

ここで、いわれている例えって とてもわかりやすい。

視力が他の人より劣っている場合は、「メガネ」というツールをつかって 矯正することで その人の視力とする

ってことだよね。

ここでは知能って話なんだけど、もう少し話を広げてみると

能力が他の人より劣っている場合は、「(何か)」というツールをつかって 矯正することで その人の能力とする

といえるのではないか?ってことだね。

これは 本当にそのとおりだとおもう。

 

「メガネ」をさがせ!

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先ほどの話は、教育とか障害とか、もしかしたら少し難しくデリケートな話なのかもしれない。

でも この「メガネ」にあたるものを探すべき!という話は とても納得できる話じゃないかな。

つまり 僕らは、自分の能力をあげることをかんがえるだけでなく、「メガネ」にあたるものを探して、開発して、広めていく必要があるってことだね。

 

だまされてはいけないのは、「こうすれば、あなたの能力があがりますよ」という誘惑だよね。

これは、運転免許をとるときに 視力が足りないからといって 視力回復の治療をしたり、視力回復にいいっていう食べ物を食べたりして 視力をあげようとすることなんかに通じるとおもう。

 

そんなことをする必要はないんだよ。

 

「メガネ」をかければいいんだよ。

 

自分にあったメガネを探す冒険にでかけよう。

 

まぁ、メガネくらい メガネやさんに売ってるけど、メガネに当たるもの探すっていうのは、たいした冒険だとおもうな。

 

と、いうことで、また次回!

 - コーチング 学習について

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