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71歳の母と高校生の息子たちと観た。映画「この世界の片隅に」感想

   

この映画、1回目は1人で見た。

2回目は、71歳の母親と2人の高校生の息子と4人で見た。

なぜかというと、1回目ひとりで見て、この映画について、戦後を知っている母親と平成生まれの子どもたちと映画を見た体験を共有して、映画について話がしたいと思ったからなんだよね。

なぜ?そう思ったのか? その辺を今日は話をしていきたい。

 

映画についてかんたんに紹介

 

映画について 一応紹介しておくね。

 

「この世界の片隅に」

 

18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。
良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。
見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。

夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。
配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。

ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。
またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。

1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして、昭和20年の夏がやってくる――。

公式サイトより

 

映画については、公式サイトや映画評をみればいいかなと思う。

僕はこの映画は本当に良い映画だと思った。

それは、戦時中の映画にありがちな、いたずらに、感情を盛り上げるような演出が抑えられていて その理由は 現代からみた視点のデフォルメがないところが心地よかった。

たいていは「戦争反対」とか「大日本帝国ダメ」みたいな政治的視点が、この手の映画では全面にでるんだけど それが抑制されている。

たぶん、当時の人はそんなことは考えなかったんじゃないかなと僕は思うから。

 

しかし、同時に映画の中で、すずさんが感情を爆発させるところがあって、それは「世界=大きな物語」を信じこまされていた、すずさんが「真実の世界=ただの何もない現実」に気づいてしまったというシーンがある。

これは、当時の視点でもあるし、そのままの現代につながる視点なので 見ていて共感がもてる。

 

あと、単純に当時の人たちに話を聞いて、それをもとに構成していくんじゃなくて 「記憶というのは上書きされていく」 ということを理解して 当時の人の話や資料をバイアスをかけずに非常に丁寧に取材して画面に落とし込んでいるところが、水彩画のような絵のタッチの爽やかで清涼感があるところと相まって、本当に心地よい時間が流れる。

で、クラウドファンディングで…とか、説明するのは、他に譲って、僕の体験を話してみるね。

 

71歳の母と高校生の息子たちの感想

母は、昭和20年生まれ…つまり終戦の年の4月に福岡県の南部の農家で生まれた。だから、4月から8月まで、生まれたばかりの何ヶ月かの間だけ戦時中ということになる。

小さな頃は、年の離れた兄が子守をしてくれて、中高生の頃は初老の父が学校行事に参加した。まぁ 典型的な田舎の大家族農家で育った。

終戦直後に幼少期をすごしたわけだけど、別段 食べ物に困ったという記憶もないし、軍隊的な人たちととのかかわりなど皆無に近いらしい。

高校を出て就職し、21歳で職場結婚して、翌年に男の子が生まれた。これが僕だ。

以来母は、ほぼずっと福岡市内に住んで、もちろん今でも住んでいる。

 

母は映画を見ている間、わりとひんぱんに横にいる僕に話しかけてきた。

何かたずねて質問しているわけではなく、「あーおかしいね」「あっ、原爆だね」みたいな 家でテレビでやっている映画をみている感じの言葉かけだった。

母の若い頃の映画の見方ってこんな感じだったんだろうか?そんな気もするけど、母が映画館で最後に見たのは、マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」らしい…ってか、なんでそんな映画を見に行ったんだろう、うちの母親。

7,8年前だけど、今の映画館の快適さに驚いてた。あれ?でも、シネコンとかもっと前からあったような気がするけどなー。

 

映画を見終わっての感想は、「私の記憶にはないけど、近所のおばさんやら、人に聞いた話とかにでてくる食べ物や家の様子は見てて、あーこんな感じだったんだろうなーって初めてわかる感じがしたよ」って話だった。

考えてみれば、すずさんは、母の母の世代になるわけで、直接的な時代の体験はほとんどない。

だから、母が伝聞した話を映画の中で映像として体験するって感じだったらしい。

「ひどい、戦争のシーンとかなかったけど、私もそもそもひどい戦争の話はほとんど聞いたことがない。うちの近所ではそういう感じはなかったねー」

ということだった。

 

と、いう会話を聞いていた長男が、「へーおばあちゃんでも戦争を知らないんだねー。そうなのかー」って話をした。

 

「そうよ。戦争が終わる年に生まれたからねー。田舎だったし、戦争で亡くなる人の話よりも、当時は病気とかで、若くて亡くなる人が多かったね。」

「食べ物とかは?」

「農家だったから、昔からぜんぜん変わってない。むかーしから、漬物とご飯と味噌汁だった。」

「米兵からチョコレートもらったりとかは?」

「米兵をみたのは、小学校にあがるまえに、門司(北九州市)の知り合いのところに連れて行ってもらったとき汽車の中1度だけ。珍しかったー。チョコレートをもらったのを覚えてる。ガムもらったりしてたのは、福岡(市内)にいたおじいちゃんだよ。街は食べ物も何もなくて大変だったんだろうね。田舎は、食べ物はふつうにあったよ。ただ映画の中にあったように砂糖はなかったっていってたねー」

 

長男の感想は、「何があるってわけじゃないけど、終わったら 良かったなって感じの映画だった」という感想だった。

ちなみに、次男の感想は「これが、何映画(ホラー映画とか恋愛映画とかの映画のジャンル)っていうのか、わからなかった」という感想だった(笑)

 

僕の感想

僕は、この映画を観たあとの、母と息子たちの感想が聞きたいとおもった。

その理由は、この映画で描かれている世界が、なんだか本当の戦時中のリアルな世界のような気がしたからだとおもう。

 

結局、僕ら3世代は母親を含めて、すでに直接の戦争体験はない。

だから、誰かが伝えてくれた話をもとに、その体験を感じることになる。でも、今までのいわゆる戦争映画では。まず伝えたい事があって、それをいかに伝えるのか?という視点で映画が組み立てられていた。

戦争の悲惨さであったり、思想的な考え方であったり、時代的な葛藤であったり…

それは、ドラマチックなものではあるんだろうけど、それ以外のリアルで地道な生活の話もあるはずだ。

 

たとえば 僕はバブル期に学生時代をすごしたけど贅沢ばっかりして、踊り狂ってたわけではない。(あたりまえだ)

僕の周りにはふつうの学生が大半だった。イメージとすれば、大多数の人がふつうだったけど、そのふつうの人でも、少しだけバブルの影響があった…みたいな感じだとおもう

だから、バブル期とは?みたいにひとくくりにされると、いやそんな感じじゃない人が大半だった、って思う。

 

 

映画を観た感想をうまくいうことは、なかなか難しい。

だから、母や息子たちの言葉だけでは本人たちが本当にどう感じたのかという、そのニュアンスはよくわからない。

ただ、みんなで観る体験をしたかった という僕の意図は、観に行った母や息子たちに伝わった感じがした。

 

いい映画だった。

 

と、いうことで、また次回!

 - 映画 邦画

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